2010年2月22日月曜日

てれすこ参


アフリカ、コモロ諸島近海で捕れたであろう、
シーラカンスの最初の一匹が発見され、
歴史の表面に浮かんだのが1938年。
(日本もドイツも大暴れ、第二次大戦直前)

インドネシアで初めて、
シーラカンスがみつかったのが、1997年。

2006年5月30日、
ボルネオ島東5~600kmで日本の調査隊が、
生きたシーラカンスの撮影に成功。
(コモロ諸島から9000km)

Indonesian coelacanth

アフリカコモロ諸島から、
紀伊半島まで、10000km。
江戸時代の日本近海に、
シーラカンスがいても何の不思議もない。

深海での漁獲技術がなかったという事と、
(サクラエビ漁なんて、
アジの網がたまたま深く潜って採れたのが、
明治時代、1894年)、
まれに獲れるその味が、
うまくないということで打ち捨てられ、
歴史に足跡がないのかもしれない。

アフリカの最初の一匹が、地元の市場で発見されたように、
アフリカでも、インドネシアでも、日本でも、
地元民にとっては、世紀の大発見でもなんでもなく、
古くから繰り返されてきた、
日常の一断片に過ぎなかったのではないだろうか。
最初の発見から、もう何百匹も捕獲されている。

シーラカンスが、一漁村の漁場を荒らすとは考えにくい。
漁民達がたまたまの不漁を、
うっかりフラフラと浅場にでてきてしまった、
怪魚のせいにしてしまうというのは充分考えられる。

紀文の退治したのは、「シーラカンス」。
というのが、夢があって楽しい。

でもここは、北斎のせいで、
「モササウルス」の仲間「グロビデンス」にしておきたい。

まあ、どちらにしても、
かわいい名前がつく訳はないはな。