夜、
風呂に向かう途中に玄関を通ると、
並んだ履物の側に、コソコソ動くものがいた。
赤手蟹だ。
海が近く、裏手には小川が流れている。
人の出入りで玄関扉が開いた時に、
ひょっこり入ったのだろう。
風呂の帰りには、二匹になっていた。
夫婦か?
新月の大潮である。
海での産卵後、帰り道に迷ったか。
翌朝、七時前に目が覚めた。
雨が上がった直後のようで、
窓から見える海は灰色だが、
水平線上には青く山々が連なり、
吹流した様な雲が低く広がっていた。
はるか上の視覚の隅には、
幽かな青空の切れ端が見えていた。
さて、外の露天風呂に行こうと、タオル一本を首に掛けて部屋を出た。
玄関で雪駄を引っ掛け、昨日の蟹達を探した。
四方を探してようやく見つけたそれは、
脇の扉の下で一匹だけ、干からびていた。
誰かに踏まれたのか、ペチャンコだった。
ぼんやりと、もう一匹の行く末を想いながら、
少し熱めの湯に浸かったのだが、
上がる頃には、
蟹のことなどすっかり忘れてしまった。
頭上では、心地よさそうな風に乗り、
二羽の鳶が鳴きながら、
円を描いていた。
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